2月1日、マスター逝く(享年70歳)

master
『興味しんしん』と題したこのブログは、2003年9月1日にスタートいたしました。 その最初の記事は「富弘美術館は、国内では有名な美術館のひとつに数えられるだろうが、開館12年を経った現在、2005年春オープンをめざ新富弘美術館建設準備で東村はおおわらわである」と始まりました。

以来、2017年1月2日の「近影です」という記事がアップされるまで、実に13年と4か月、さすがに最後の2か月は更新が途絶えがちでしたが、昨年の10月までは、ほぼ毎日、休むことなく書き続けられ、その回数は4750回余、字数にすると、ざっと189万文字にもなります。そのすべてが、興味しんしんの人・山岸正雄の生きた証です。
しかし、このブログは、二度と更新されることはなくなりました。

亡くなる数日前、昔からの友人である斎藤さんが見舞いに行くと、マスターは「なにか言い残すことはないかい?」と聞いたそうです。斎藤さんは「それは逆でしょ。でも、ありがとう、楽しかったよ、マスター! 百点満点の人生だよね」と返すと、目をつぶったまま満足そうだったとか。

体はもうボロボロでしたが、泣き言ひとつ言わず、こうして豊かな人生を完結いたしました。
合掌

マスターになりかわり:荒井秀雄

マスターが13年以上このブログを続けられたのも親しく交流していただいた皆さんとの楽しい年月あったからこそだと強く感じています。
まだこのあと1年ほどの期間は自由に閲覧していただけますので、気が向きましたら思い出などを紐解きながらページをスクロールしてくださると嬉しいです。

マスターと交流してくださった大勢の皆さん、心より感謝申し上げます。

山岸松江

近影です

食事が摂れなくて血肉になりません。一日中自宅の仮の病室で過ごすか階下のキッチンに移動するだけで精一杯ですが、美味しく物を食べたいとか散歩をしたいとか夢は有るんですよ。今後の「興味しんしん」は更新不確定です。170102

▲一年前の体重57kgから現在は45kgです。健康は何物にも変え難くありがたいものですね。

2017を迎えた

明けましておめでとうございます。人生で予想もしなかった正月を迎えています。12月はとうとう、この「興味しんしん」を更新することが出来ませんでした。今後も多分駄目でしょう。いずれにしてもこの「しんしん」をご覧の方にせめてもの近況です。170101

▲力を振り絞って庭に出てみた。孫が揚げてくれた国旗が今年も輝いている。私も2017年の大地を踏みしめた。

復活へ

また料理を作るために、食べるために明日は大治療日。
またしばらくは『興味しんしん』は休みます。161125

宇都宮から飛んできた

何度も電話で心配してくれるけど、大丈夫と断っていましたが、短時間という事で寄ってもらいました。161115▲宇都宮の平野ご夫妻、電話後1時間後に到着。だけど見てもらうのは骸骨のような私の姿。

陽山舎手入れ

陽山舎は築31年、雨漏りも一箇所あり屋根のコケなどを取る作業を松ちゃんの同級生、小林さんと朝ちゃんがすると言うので見てきました。161114▲高い場所だから充分に気をつけて

必需品

家に居る時間が多く、楽な姿勢で過ごせる椅子をニトリ買いました。161113▲高さとリクライニングが私に合ってました。

真優ちゃんの送迎で

丸山ワクチンをするため、GC2の真優ちゃんのマイカーで病院の送迎をしてもらいました。真優ちゃんは7日に東京で行われた美容大会のワインディング部門(ロット巻)で今年も優勝しました。161111a▲7日の優勝写真とカワイイ顔でドライブする真優ちゃん。

体力回復の日々

昨日の内視鏡検査の結果を見て、やや焦りがある。Sの車に乗せてもらい診察指定日ではない厚生病院外科へ行った。主治医は学会で留守のため柴田先生に相談した。ステント挿入は不可なのでバイパス手術を高良先生と相談して下さいという事になった。栄養物質を食べられない現状はエンシュア・リキッドという高栄養ドリンクが処方された。診察後は2時間の点滴を受けSに家まで送ってもらった。161110▲栄養ドリンクが処方されたので食事の仕方も変更が必要、しかしこの日の深夜に嘔吐をしてしまいマイナス2kg。いい季節なのにな~。

病状の現状

9日ぶりに「興味しんしん」を更新しました。今日は癌の影響を受けて食事が取りにくい胃腸の状況を改善するための内視鏡検査をしました。結果は、体力を保持できるステントを入れることが不可能と分かりました。今後は開腹し、バイパスを作る事になると思います。現在の体重は44kg、1年前から約15kgマイナス、体力が無いので11月からは全く活動をしておりません。心配を頂き手紙、電話やメールを頂きますが、お返事出来ない場合がありますのでお許し下さい。161109▲内視鏡検査はなかなか辛いよ、(この写真は私が受けているものではありません。イメージです)

足湯で肥厚対策

松ちゃんの運転で墓参り、野菜スープの材料などを買って帰った。2ヶ所の墓参りとスーパーに寄ったら、すっかり疲れてしまった。3日目のくず湯の食事も胃腸には流れるが、全く力が出ない。161108▲毎日風呂には入るが、水分不足で皮膚は乾燥し、踵の肥厚がひどいが自分での手入れは無理なので太田の娘に足湯を使って落としてもらった。

くず湯食

変形した胃と十二指腸の間が癌の影響で狭窄した部分があり、思うように食事が通らない。流れない場合は嘔吐になり、体力がなくなる。2日前から「くず湯」をベースに砂糖、きなこ、蜂蜜、ふりかけなどを追加して1日2食としている。幸い2日間に嘔吐がないので、これを続けたいが栄養はとりにくい。161107▲寒い夜に静かに食べる「さとう葛湯」は幸福を感じるが今は命の支え。

気分転換に行く

秋の楽しみのひとつ、群大工学部キャンパスで行われる桐生クラシックカーフェスティバル。今年は11回目で毎年Sと行くことにしている。しかし、今年の私は体力が無いのでどうかと考えたが、数日間家から出ないこともあって強行した。体力が無いのは思考力の低下も有るが、興味の有る車にも見る気力が欠けていた。161106▲Sは病人の私に付き合ってくれたが、疲れて1時間ほどで帰ってきた。

最低体重記録

過去に怪我や胃の手術で入院したが、記憶にある最低体重は47kg、しかし今の体調は最悪で食べられず、食べると5時間後に大量の嘔吐で1回に1kgずつ体重は減ってゆく。思考力も落ち、だるく、胸が重いので自宅で安静にしている時間が多い。161105▲どこまで体重が落ちるのか不安。

レントゲンとCT

食べられない、嘔吐が続く。この現状を解決しないと体力はどんどんなくなる。狭窄部にステント(拡大チューブ)を入れるか、はたまた開腹して新たなバイパスを作るか、とにかく解決しないと毎日辛い。161104▲今日はワクチン、血液検査、レントゲン、CT撮影とクタクタでした。

神頼み、その後

癌友の中島さんと既に3人目のお助け○○と会ってきた。信ずるものは救われる的ではなく、お助け○○さんの神通力に頼るものだ。これまでの3人の方はいずれも普通の家で普通の生活をしているが、私達のように全国から話を聞いて来るらしい。161103▲隣の施術椅子で時間待ちの休憩をする中島さん

主治医の 説明

既に一月ほど前から食事が思うように食べられず、嘔吐があり体重は減っている。原因の大筋が腹部癌の拡大し、20歳のときに胃穿孔で三分の二を切除した部分との関係がうまくゆかないようだ。161102▲左図は肝臓ドレナージ、右図は変形した胃と腸の接合部と狭窄部分

粥からやり直そう

昨夜は不安の眠りの中で考えた。何とか嘔吐を止めなければ体力が落ち、病に勝てぬ。そこでまた実践しようと考えたのは暫く固形物を食べない事にした。シンプルな粥とシンプルなヨーグルト程度の食事をしようと決めた。結果はほぼ良いようだ。午後からの胸焼けや膨満感が今日は無い。圧倒的にカロリーは少ないがスムースに食べたものを胃腸に送りたい。昨日、前橋のTおばさんの所へ行っての変化は、今日一日鎮痛剤を飲まずに済んだ事。これは変化だと思う。体力不足で運転は控え、厚生病院の丸山ワクチンは松ちゃんの車で送迎してもらった。大間々の金子さんも心配して一日置き程度に様子を見に来てくれるが感謝する。161031▲近くのコンビニで買った粥のパック

自己新記録、46kg台

癌友の中島さんの運転で前橋の(お助け○○)Tおばさんの所へ行った。これは18日に矢張り中島さんと行った片品村の方で週に4日は前橋の別宅へ居ると言うので午前に行った。高速道を使えば30分ほどで行けたので工程は楽だった。自前で用意した49個の団子を持参して祈ってもらった。帰路、蕎麦屋で昼食にしたが、その後の胃腸がまた不調になり、家に帰ってから何度も嘔吐してしまった。最終的に深夜の嘔吐で体重は46kg台まで落ち、いささか不安である。161030▲Tおばさん宅は片品、前橋ともブルーに塗られていた。この写真はサイトからの物で実際とは違います。

腸内細菌の見直し

狙いは間違いない様だった。完全空腹の朝に昨日作っておいた豆乳ヨーグルトが鍋の中で程よく固まっていた。先ずは50gを食べ、次は豆乳ヨーグルトときなこ、ごま、野菜、味噌、はちみつで特殊ドリンクを作り、それを朝食とした。昨日までは食事後に不快な胃液が上がり、数時間後に大量の嘔吐をしたが今朝は全く不快感がない。健康な人でも乳酸菌の摂取は必要と言われているが、投薬で胃が荒れて腸内細菌が減少していたとは気が付かなかった。中島さんの届けてくれた船瀬俊介の本を直ぐに開いて成功!161029▲我が家でも久々に登場したジューサー。

大きな見落とし

昨日に続き嘔吐でエネルギーを出し切ってしまった。胃液が上がり、食事も取れないこの状況はまずい。松ちゃんに厚生病院へ連絡してもらい、診察と点滴をした。午後からの診察だったので点滴が終わったのは5時半だった。この状況を癌友の中島さんに電話したら訝しげにファスティング(小断食)の話になり、夜にも関わらず船瀬俊介の本を届けてくれた。早速それを読み、“これだ”と感じたのは、この半月以上にわたって私は胃に入れるスペースの事を考え乳酸菌類を全く摂らなかった。代りに服薬が増えたため腸内細菌が減ったので嘔吐が繰り返された。それに気づき、閉店直前のスーパーへ行き豆乳とヨーグルトを買い、明日から食べる豆乳ヨーグルトを作って置いた。161028▲まだ営業していたスーパーをみてホッとした。

再び点滴を

激しい嘔吐が一日一回だが止まらない。16日から始まった嘔吐は延べ6回、この10日間で体重も更に3kg落ち50kgを割ってしまった。どこからも力が湧かず、老人そのものという動きが情けない。体をリフレッシュする意味で早朝体操MSだけは出席してきたが、嘔吐と食事が通らないのでグッタリしてしまう。厚生病院に電話して診察と点滴を依頼した。血液検査もしたが総体的に数値が悪いのは以前同様で、特に大きな変化はないという。なんとかこの状況から脱出せねば。161027▲レントゲンで腹部も撮影したが決定的な解決方法は出ない。

♫午前は良いが~その後はこわい~♫

睡眠が充分に取れたのか、ローヤルゼリーが効いたのか5時半に目が覚めた。思い切って床から起き上がりトレーニングウェア着て見た。フラフラしているが1週間ぶりのモーニングスイートへ出席、陸上競技場で皆が元気に動いている。来てよかった。スロージョギングもせず、ストレッチとグラウンドを2週歩いた。そんな朝は調子が良くても刻々と体調は変化して午後はダウン、やっとの思いで丸山ワクチンをしてきた、161026▲知ってか知らずか猫の花ちゃんは昼寝もとらず私につきっきりだった。

床に戻る

疲れがどっと出たのか普通に病が進行しているのか、ほぼ一日中、仮眠用布団の中にいた。熊本芦北町行には収まっていた嘔吐が又始まり、体の動きは重く、体重は1年前の10kg減になってしまった。161025▲横には薬、水、洗面器などで嘆かわしい。

予定外の早帰着できる

昨夜は石井教育長と聖生館長のプレゼントでホテル内で飲み放題の打ち上げをした。実際、私は初日以外はすべて大変だったが同行の羽広新支部長、横澤事務局、そして栃木県支部長平野ご夫妻には大変な負担をかけてしまった。終わってみれば全てカタチが整い、新支部長紹介、栃木支部紹介など私の役割が果たせたと思う。帰路は直通バスを使わず電車なので午後3時半に帰桐、その足で厚生病院へ行き丸山ワクチンを接種した。無事自宅に帰れた~。161024▲最長老90歳の伊藤さんは旅のベテラン、横澤さんお世話になりましt。羽広新支部長何もしないで頑張ってね。

目出度くも、長い一日を

芦北町の公用車の送迎で式典の会場に入った。昨夜の懇親会で少し食べ過ぎ、腹部痛と胃が不快だ。一連の式次第に沿った挨拶などが行われ、みどり市石井教育長の祝辞、そして富弘美術館の聖生館長が1時間の講演をした。足北高校の男女混声コーラスのコンサートもあり充実の式典は正午にすべて終了した。会場には私達、群馬県支部の他に栃木県支部、福岡県支部、熊本県支部の囲む会が出席しており、懇親を深める意味で福岡県の武田氏提案で昼食会を同会場で行った。ただ、私の体調は50%以下で用意された弁当は殆ど食べられなかった。161023a▲富弘さんの親友聖生館長は少年期も含めユーモアを交えた講演だった。161023b▲山口県在住だけど福岡県支部所属の三浦孝子さんとは8年ぶりの再開、「ブログを見て心配しているよ」と励まされた。(写真提供:平野氏)161023c▲栃木県支部長平野氏の山岳友達、岩切ご夫妻は宮崎詩画展で私とお会いした。10年前の工事中美術館を案内した事もあった。(写真提供:平野氏)161023d▲4支部全員が10週年を迎えた芦北町立星野富弘美術館前で記念ショット、私のブルゾンは熊本の中根たみ子さんにプレゼントした。(写真提供:平野氏)

いざ出発、という感じ

体調不安だが3日間の旅が始まる。要は明日行われる熊本県芦北町の星野富弘美術館10周年記念セレモニーに囲む会群馬県支部としての役割が果たせればいいのだ。熊本空港には芦北町の公用車が迎えに来て、その他に芦北美術館の顧問、酒田先生が車で来ていた。一行8名のうち私のみが坂田先生の車に乗り、芦北美術館前館長の見舞いに廻った。公用車の一行は半年前の熊本大地震の被災地を視察しながらホテルに入った。この日はホテルで30分ほど休憩した後に芦北町の議長や町の幹部と懇親会を開いた。不安だった私の体調はこの時点ではまずまず、2時間以上に及ぶ宴席は活気があった。161022▲坂田先生の案内で木村氏の入院先へ会いに行った。思った以上の成果と回復力で羨ましかった。